●著:白石さよ
●イラスト:芦原モカ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4041-8
●発売日:2021/2/26
俺がどんなにお前を好きか一生かけて教えてやる
大手インテリア会社に勤める真雪は、学生時代に友人の兄に失恋したことで恋ができなくなった干物女子。ある日トラウマの原因である初恋の人・享祐と再会し、彼が直属の上司になることに。
真雪にだけは尊大に、けれど不意に優しさを見せる享祐の姿に真雪の恋心は呼び戻されてしまう。
不毛な恋から進むため真雪は処女を捨てる決意をするが、それを知った享祐が「なら俺が教えてやる」と迫ってきて!?

その時、テーブル下の籠に置いた私のバッグの中でスマホが低い唸り声を上げ始めた。無視して柏木さんと見つめ合っていても、マナーモードとはいえ地鳴りのような振動音が神経に入りこんでくる。
スマホはしつこく鳴り続け、一度切れてからまた振動し始めた。誰だか知らないけれど諦める気はないらしい。
「あの、すみません」
仕方なく手を外し、柏木さんに謝りながらテーブル下のバッグを手繰り寄せる。取り出したスマホの画面を見た私は卒倒しそうになった。
�狎鳥概�祐��
仕事上の都合もあるかと仕方なく�狹佻燭靴討△欧伸瓩里世韻鼻⊆尊櫃謀渡辰�かかってきたのは初めてだ。
なぜ今?
「すみません。仕事かもしれないので出ますね」
柏木さんに断って通話ボタンを押した途端、スマホから享祐さんの怒声が響いた。
『今どこだ⁉』
「え? ええと、バーですけど」
『どこの!』
『ええと……さっきの会場の近くで、名前はグラン・ブルー……?』
あまりの剣幕に押されて反撃することも忘れ、コースターに書いてあるバーの名前を読み上げると、プツンと電話は切れた。
「まさか青山君? まあ答えを聞かなくてもわかるけど」
「はい。何なんですかね? 名乗りもしないで、いきなり怒鳴りつけて」
「まあ彼にとって非常事態が起きたんだな。勘づいたというか、耳に入ったというか」
「え……」
私が何かミスをしたのだろうか? それで客先とか重役から享祐さんに連絡が入ったとか……。
「降参だな。コートを着ておいた方がいいと思うよ」
柏木さんがやれやれという風に手を挙げた。
「でももう電話は切れましたし、かかってくる様子もないし大丈夫ですよ。何も用件言わなかったし」
恐怖の予感を払いながらミモザの残りをぐいとあおった時、背後から靴音が近づいてきて大きな手が私のグラスを取り上げた。
「行くぞ」
驚いて振り向くと享祐さんが背後に仁王立ちしていた。
「享祐さん⁉」
「早っ」
うっかり名前で呼んでしまった私の声と柏木さんの声が重なった。
「いや、用件を言ってもらわないと」
「仕事だ」
享祐さんは一言だけで、私の腕を掴んで立ち上がらせた。いつも口調は横柄でもきちんと説明してくれるのに、今は有無を言わさぬ勢いだ。
「あの、柏木さん、今度お代を……!」
何とかバッグとコートを掴み、享祐さんに引っ張られながら振り向いて柏木さんに頭を下げる。エレベーターに乗った時に気づいたけれど、享祐さんはかなり急いだようで少し息を切らしていた。走ったみたいに髪も乱れている。
ビルを出ると、享祐さんは私の腕を掴んだままずんずん進んでいく。
客先に謝りに行くのだろうか? 戦々恐々としながらついていくと、ようやく彼は一軒の店に入った。
「……って、またバーなんですけど」
「お前、酒好きだろ」
「そうじゃなくて、仕事は?」
コートを脱いでカウンター席の隣に腰を下ろした彼は私の問いには答えず、バーテンダーに合図した。
「お前は何飲む?」
「ビトウィンザシーツ」
この男にどう思われてもいいという投げやりな気分でそう言うと、彼が目を剥いた。
「柏木の前でそれ飲んだのか?」
「柏木さんの前では女子らしくミモザです」
ツンと顎を上げて答えると、享祐さんはフンと鼻で笑い、自分は水割りをオーダーした。
「それで……仕事は?」
バーテンダーが姿を消すと、私はビクビクしながらもう一度尋ねた。なかなか言わないということは、かなり重いミッションとか叱責なのではと不安になってきた。
ところが享祐さんはネクタイを緩めながらこう言い放った。
「仕事などない」
「はぁ⁉」
今まで何度も我慢してきたのに、ついにこの言葉を口にしてしまった。
「じゃあ仕事ではない用事が?」
「ない」
「ちょっと、どういう──」
「酒が飲みたいなら俺と飲めばいいだろ」
「…………」
いつもに増してやたらと命令口調なので余計に腹が立つ。何か言ってやろうと思ったところにカクテルと水割りが届き、バーテンダーが去るまでまた辛抱する。
「私は柏木さんと飲みたいんですけど」
「あいつは見境ないタラシだから危険だ」
「いやいや、よく言いますよ。どの口が」
怒りを通り越して笑ってしまった。
「柏木さんは享祐さんより真面目だし優しいです」
少なくとも柏木さんは人妻といちゃいちゃしたりしない。でも嫉妬を見せれば享祐さんへの感情に気づかれてしまう。絶対に自分の気持ちを見せるものかと気合を入れ、カクテルをぐいっと飲んだ。
「あいつがお前を狙ってんのがわからないのか?」
「わかってます」
「お前はわかってない。狙ってるって意味は──」
「それもわかってますから」
「じゃあ訊くが、あいつはちゃんとお前を好きだとはっきり言ったか?」
「…………」
確かに�犢イ��瓩箸聾世錣譴討い覆ぁ�でも、今はそれでもいい。
「……用がないなら柏木さんの所に戻りますね」
バッグを掴んで立ち上がった途端、腕を掴まれ強く引かれて享祐さんの方に向かされた。
「誰でもいいなら行くな」
「ほっといてよ!」
力強い目に問いただされて、突如私は暴発してしまった。
そうやって私を中途半端に構うから。そうやって忘れさせてくれないから、だからじゃない。
「捨てたいの!」
はっとして口をつぐんだけれど、享祐さんは聞き逃してくれなかった。
「何をだ?」
あなたへの恋を捨てたい。十五年も続く初恋を。でもそれだけは言いたくなかった。
「言えよ」
腕を掴む手は乱暴な力ではないのに、私はどうしても自分から振りほどくことができなかった。もう呆れて笑って軽蔑して、放っておいて──。
「この歳でバージンなんて恥ずかしいから捨てたいの! わかったら放して」
力一杯腕を振ったのに享祐さんは放してくれなかった。両腕を掴まれ、顔すら逸らせない力強さで向き合わされる。
「柏木のことが好きなのか?」
彼の目を見つめる。深い深い、漆黒の目。ずっと焦がれてきたこの視線。
「…………」
嘘をつけなかった。何も答えず、ただ彼を見つめる。
不意に漆黒の目がさらに深さを増し、その深さに見とれた時、彼が静かに言った。
「だったら俺が教えてやる」
自分の耳が信じられず、驚きで目を見開く。今、何て……?
「俺にしろよ」
彼の目に宿る獰猛な熱に息を飲む。
「男が女に何をするか、俺が全部教えてやる」
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