●著:白石さよ
●イラスト:芦原モカ
●発売元:三交社
●発行元:メディアソフト
●ISBN:978-4-8155-4009‐8
●発売日:2018/11/30
あなたは従順すぎる
冷徹な御曹司との切なく蕩ける政略結婚
社長御曹司の許嫁との結婚を控えた内気な財閥の娘・結衣。ところがある日許嫁が失踪し、結婚相手が彼の弟の和樹に変わったと聞かされる。優秀で冷徹な和樹に嫌われていると自覚しながらも、結衣は両家のために結婚を受け入れる。しかしチャペルでの誓いの口づけは、氷のような視線とは裏腹に、蕩けるほどの熱を帯びていて――。
人気のヒーロー視点ストーリーも書き下ろし収録!

「兄はカメラが好きでした。そのことはご存じでしたか?」
突然の話題の転換に戸惑っていると、少し柔らかくなった声で和樹さんは続けた。
「大学時代、カメラマンになりたいと言っていたことがありました。今回、兄のカメラもなくなっていましたから、カメラを持って気ままに旅でもするつもりでしょう。女性絡みではないと思います。差し出がましいお節介かもしれませんが」
「いえ……」
首を横に振って俯いた。彼は私を慰めようとしたのだろう。冷淡な態度に垣間見えた気遣いに感謝しつつも、車に乗り込んだ時から続く緊張でほとんど反応できなかった。
しばらく沈黙している間に少しだけ余裕を取り戻し、再び顔を上げて窓の外を眺める。
いつのまにか車は宮瀬家の近くまで来ていた。この息の詰まる密室から早く抜け出したいはずなのに、切実にそれを望んでいる訳でもない気もする。
自分の矛盾について考え込んでいると、和樹さんが沈黙を破った。
「結衣さんが知らされたのはいつですか?」
「土曜の夜です。朝から両親が慌ただしく出かけたなと思っていたら、夕方に帰ってきて知らされました」
「ご両親は宮瀬に来られていたのでしょうね」
彼の言葉に少し引っ掛かりを感じ、私は彼に問いかけるように運転席に振り向いた。土曜に父は�猩村�くんは承諾した�瓩噺世辰討い燭里砲泙襪蚤梢融�のような言い方ではないだろうか?
「か……和樹さんは、うちの両親とは会っていないんですか?」
最近では役職名で呼ぶばかりなので、面と向かって和樹さんと呼ぶことに少しためらい、口がもつれた。
「僕は先週の水曜から中国出張で、昨日戻ってきました」
「じゃあ電話でお聞きになったんですか?」
「いいえ。昨夜、帰国するなり実家に呼ばれ、そこで初めて聞きました」
ということは、私が先に承諾してしまったことになる。事の真相を理解した私の顔から血の気が引いていく。
宮瀬の経営に影響するということと、和樹さんが承諾したことが決断の決め手だったのに……。私はただの被害者ではなく、結果的に和樹さんを追い込むのに一役買ってしまったのではないだろうか。
「和樹さんは……」
質問は途中で引っ込めた。彼の本音は怖くて聞けない。いくら家業のためとはいえ、入社して日が浅い彼には結婚まで承諾するほどの思い入れはなかったかもしれない。少なくとも私には興味すらなかったはずだ。
「結衣さん」
その時、今まで誰も──本人の宏樹さんですら問いかけなかった質問が投げかけられた。
「兄を愛していましたか?」
それは政略結婚する身にとって、まるで心の奥底にあるパンドラの箱のような問いだった。
「……はい」
そう信じていた。そうありたかった。
その思いを込め、私は箱を開けずに答えた。こう答えたことを、この先ずっと後悔することになるとは思ってもみなかった。でもこの時、これ以外、どう答えればよかったのだろう?
私の答えを聞いた和樹さんは静かに笑った。
「あなたが承諾したと聞いて、正直驚きました」
「……」
それは和樹さんの意志だと聞いたから。宮瀬家のためだと思ったから。
でも恩着せがましくそれを口にして何になるだろう? 頭に浮かぶ言い訳はどれも口にできない。
車はすでに宮瀬家の敷地に入っていて、木々が茂る庭の脇の駐車スペースに停止した。エンジンを切り、シートベルトを外した和樹さんがこちらを向いたと思った瞬間、私は肩を掴まれ押さえつけられた。
「あなたは従順すぎる」
車内に差し込むわずかな明かりで、彼の冷ややかな表情が照らされている。
「親の命令なら相手も交換できると?」
その目は妖艶な光を放っていて、助手席のシートに押さえつけられた私は、呼吸もままならずにただ彼を見つめた。
「いくら政略結婚でも、結婚はおままごとじゃない」
互いの息が感じられる距離はその先にあるものを生々しく示し、私たちが男と女であることを否が応でも突きつけてくる。
「好きな男とは別の男に、身体を好きにさせるということでもあるんですよ。あなたはそれでいいんですか?」
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